大判例

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東京地方裁判所 昭和23年(ワ)3688号 判決

原告 諸井和夫

被告 小山照子 (いずれも仮名)

一、主  文

一、被告は原告に対し金三万円を昭和二十三年十月二十日以降年五分の利息と共に支拂う事を要する。

二、原告其の余の請求は之を棄却する。

三、訴訟費用は之を十分し、其の一を被告の負担とし、その他を原告の負担とする。

四、此の判決は仮に執行する事が出來る。

二、事  実

原告は請求の趣旨として、被告は原告に対し金三十万円を昭和二十三年十月二十日以降年五分の利息と共に支拂う事を要する。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並に仮執行の宣言を求め、其の請求原因として、(一)原告は幼少の頃より洗濯業を見習い、既に一人前の職人となつて居たが、今次の大戰に出征し、昭和二十二年二月復員帰還して以來訴外洗濯業野村米吉方に於て同訴外人の洗濯業を請負い独立の生計を営んで居たところ、訴外片山鹿之助の仲介により昭和二十三年六月被告と見合を爲し、右訴外片山及び野村の両夫妻媒酌の下に翌七月結納を取交し、同年八月十九日三越本店式場に於て被告との結婚式を挙行し、茲に原告と被告とは事実上の婚姻を爲したものである。(二)是より前、被告の姉婿たる訴外佐藤義治は原告に対し同訴外人が被告の肩書住所に於てクリーニング業を経営し居り、被告は此所に居住し、同訴外人は別に住所を有し、外より毎日通勤し居る関係上結婚後は暫時右場所に同棲すべき旨懇請したので原告は之を承諾し、結婚後は被告方に起居する事となつて居たのである。(三)茲に於て挙式後原告は被告方に於て原告と同棲したのであるが、結婚当夜一回被告と夫婦としての情交を爲したのみで其の後は被告に於て情交を拒絶し、且つ、原告が被告に話し掛けても返辞をなさず、三晩後は原告と寝室を別にし被告は独り他の板の間に寝るに至つた。加之、被告は日中食事も原告と時を異にし其の他生活の全般に渉つて原告に対する共同生活の義務を履行せざるに至つた。斯くの如くして約一ケ月を経過したので原告は遂に被告との結婚の継続を断念して被告方を出たのである。(四)右被告の所爲は婚姻予約の継続を困難ならしめる重要な事由であり、其の責が被告にある事は勿論であるから、原告は本訴に於て本件婚姻予約を解除する。(五)原告は前述の如く被告と結婚する爲に洗濯請負を止めて被告と同棲したのであるが、原告は右洗濯請負業によつて月收約三万円純益は其の五割を得て居り、之を今回回復する爲に数ケ月を要したので原告は其の間少く共十万円の損害を蒙つた。依つて之れが損害賠償を被告に対して請求する。(六)原告は被告の前記所爲によつて精神上重大な苦痛を受けたから慰藉料として金二十万円を請求する。被告は宅地山林等資産五十万円を有して居る。(七)以上の理由により原告は被告に対し金三十万円及び之に対する本訴状送達の翌日たる昭和二十三年十月二十日以降年五分の利息の支拂を求むる爲本訴提起に及んだと陳述した。<立証省略>

被告は原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁として、(一)原告主張日時其の主張の如き経過の下に被告と原告とが事実上の婚姻を爲した事及び原告が洗濯請負を止めて被告と被告方に方て同棲した事実は之を認める。(二)原告其の他の主張事実は否認する。夫婦の情交を拒絶したのは被告ではなくして原告である。又、日常生活に於ても原告は事毎に反対の態度に出て被告を困惑せしめた。被告は婚姻した以上原告を最愛の夫として敬愛し、原告より愛せられん事を希望して努力したが、原告は之を容れず、且つ毫も被告を愛撫せず、同棲一ケ月にも満たぬ九月中旬病と称して被告の家を出た。以上の次第で被告には何の責もないから原告の本件請求は失当であると述べた。<立証省略>

三、理  由

原告主張日時原告と被告が事実上の婚姻を爲した事は当事者間に爭はない。結婚当夜一回の情交があつたのみで其の後当事者間に情交がなかつた事は当事者双方の本人訊問の結果に徴し明瞭である。被告本人は二日目より月経となり、五日程続いたと述べて居り、原告本人は此の点に付被告は月経であるとは言わなかつたと供述して居るが、若し、眞に月経であつたとすれば此の間に於ける被告の原告に対する情交拒絶は正当である。併し、其の後月経が終つて被告は原告と寝室を共にせず、板の間に寝て居た事は被告本人の供述によつて明であり、之を正当ならしめる事由は本件に於て見出し得ないのであるから、若し情交を拒絶したのが被告であれば、右は少く共月経終了後は何等正当の事由に基くものではなかつたと謂わなければならぬ。而して被告が情交を拒絶した事は原告本人の供述によつて之を肯認する事が出來るのである。

更に、原告が被告に対し話かけても之に應答せず、食事後の団欒もなさず、原告の食器等は被告に於て之を洗わずして朝迄放擲する事もあり、或る時は、原告が疲れてうたゝ寝し翌朝に至つた時でも、被告は何一つ注意せず原告を放擲して顧みなかつた事実は、原告本人の供述によつて之を知る事が出來る。從つて、此等の事実を前記情交の拒絶と照合すれば被告は原告に対し妻としての義務履行の意思を欠如した心的態度にあつた事を推認せしむるに十分である。被告本人の供述を以つて右認定を覆えし得ない。

事実婚は当事者が合意によつて協同の夫婦生活に入るのであるから双方協同の義務を負う事は明である。而して此の場合一方の当事者に対して單に愛情を持ち得ないと云う事だけで他に正当の事由なく、合意上の右義務を回避する事は一の恣意的行爲であつて法律上許し得ない所であるのみならず、若し当事者の一方が此の義務を履行する意思を欠き且つ之を現実に行動に表わすに於ては婚姻予約の継続及び法律上の婚姻に入る期待は困難であり、是の如き態度に出た理由にして正当なものがないならば義務不履行の責は其の者にある事明である。被告の情交拒絶に付正当の事由を見出し得ない事は已に述べた。其の他の行爲に付ても亦同様である。故に、被告は原告に対し本件婚姻予約上の義務不履行に付其の責を負うべきものであり、原告は本件予約を解除する正当の権能を有し、(本件婚姻予約は原告の本訴による意思表示によつて正当に解除せられた)而して、更に原告は被告に対して損害賠償を求める事が出來るのである。

右損害賠償は所謂履行の利益を含まず、信頼利益に限らるべきものである。從つて原告が本件婚姻予約の爲其洗濯請負業を中止した事によつて生じた損害は被告に対して賠償を求める事が出來る。

右損害は金三万円と認定すべきものである。蓋し、原告本人の供述によれば、原告は右請負によつて月約三万円の收入を挙げて居り、純益は其の五割であつて、原告は本件婚姻予約の爲め略二ケ月を休んで原業に復し得た事を認める事が出來るからである。原告は金十万円の損害賠償を請求するが、右以外は之を認むべき証拠はない。

原告は慰藉料金二十万円を請求して居るが、慰藉料を請求し得るのは女子のみであつて、男子は之を請求し得ない。これ女子の貞操の喪失、即ち其の純潔の喪失に対する社会的評價と男子の童貞の喪失に対する夫との相異に基くものであつて、之を同一に評價する事は法律上妥当しない。

依つて、当裁判所は原告の本訴請求中金三万円の損害賠償の部分を理由あるものとして容認し、其の余の部分及び慰藉料の請求は失当として之を排斥すべく、訴訟費用に付ては民事訴訟法第九十二條を適用し主文の如く判決する。

(裁判官 安武東一郎)

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